五 竜使いの一族

 頭上から竜の鳴き声がして、サギリは顔を上げた。

「クオン!」

 彼女がそう名付けた竜が、上空を悠々と旋回していた。陽の光を反射して、鱗を虹色にきらめかせながら。

 彼女の声が届いたのだろうか。クオンはもうひと鳴きして、大きく広げた両翼を勢いよく羽ばたかせた。その声は今も耳に残る苦悶に満ちた絶叫とは違い、喜びに溢れたものだった。

 ――苦悶に満ちた、絶叫……

 一体、いつ、どこで、そんなものを聞いたのだろうか。

 サギリは自らに問いかけた。

 だって、ほら。

 あんなにのびのびと、楽しそうに、空を飛んでいるではないか。

   ◇   ◇   ◇

 険峻たる山々の間にその里はあった。竜を使役する能力をもった一族の人間は、他の人々にとっては畏怖の対象でしかなく、迫害された者達は険しく厳しい山によって余所者の立ち入りを拒む地に隠れ里を形成したのであった。そうして古より竜使いの力を脈々と受け継いできた。

 変わることなく、言い伝えを次の世代に受け継ぐことを唯一の使命として生きてきた一族に劇的な変化をもたらしたのが、ウィラード・ウォーロンド――後にノーザリア帝国の初代皇帝となる有角人の男であった。

 ウィラードは竜を恐れなかった。彼は精鋭を引き連れ、急峻な山道すらもものともせず、里を侵攻した。竜使い達はウィラードに従うことを条件に、里と一族の存続を彼に約束させたのであった。里の平穏を守るため、またウィラードにとっては敵対する勢力への切り札として、里の存在は隠され続けたのであった。

 ウィラードからゼラへ。代が替わっても変化することのなかった里。しかし、外の世界において、大陸の歴史は変化し続けていた。里はその潮流から取り残されたまま、古からの血を繋げていたのである。

 里以外の者を決して受け入れることのない一族の血は代を重ねるごとに濃くなっていった。サギリの両親は、先代の一族の長とその従妹という近しい間柄であった。そして、その生まれ故に誕生の瞬間より次代の長候補として、彼女は一族の期待を一身に集めていたのである。

 竜使いは番つがいとなる竜を見出すことで一人前とされる。極めて早い者であれば三、四歳の頃に、遅い者でも十を超える頃には半身となる竜と出会い『竜珠りゅうしゅ』を手に入れる。『竜珠』とは、竜の『気』が凝って石のような形をとった宝珠で、竜使い達はそれを守り袋に入れて首から下げている。命が潰えるその瞬間まで、『竜珠』を手放すことはない。竜使いにとって『竜珠』を失うことは自身の死を意味する。

 しかし、長の娘サギリは十五を過ぎようという頃になってもまだ『番い』の竜を得ていなかった。一族に生まれながらも、竜使いの能力を持たない者もいないではなかった。彼らは『竜に愛されなかった子』という烙印を押され、里から追放された。竜使いの血を次代以降にも受け継いでいくために、その能力を持たぬ者は排除する。サギリに寄せられていた期待は、いつの間にか彼女の従弟であるトウタへと移っていった。

従姉上あねうえ!」

 畑仕事をしていたサギリの元へ、トウタが駆け寄ってくる。彼の頭上ではその番いの竜がゆったりと飛んでいた。里は外の世界との交流が一切無く、里に住む者が食べるものは全て自分達で賄っていかなくてはならない。山間の隠れ里は農業に適した土地とは言い難く、彼らの食事は極めて質素なものであった。

「従姉上、そんなことよりも竜探しに行きましょう!」

 従弟のトウタはサギリを実の姉のように慕って、彼女を『従姉上』と呼んだ。

「トウタ。皆が食べていくために畑仕事は大切な仕事よ。そのように言うのはいけないわ」

 大好きな従姉に窘められて、トウタはシュンとして肩を落とした。一族の皆に愛されている彼のそんな表情を見てしまうと、感情が乏しい娘だと周囲から言われているサギリでさえも思わず顔がほころんでしまうのだった。

 結局、熱心に誘うトウタに根負けして、畑仕事を済ませた後にサギリは彼と共に『竜探し』に出ることにした。

 未だ番いの竜を見いだすことのできぬ長の娘。大人達はまだ子どもであるトウタの前でさえ、憚ることなくサギリを里から追放するべきだと話している。大好きな従姉がこの里から追い出されてしまうかもしれない。皆がそのように話すのは彼女に番いの竜がいないからだ。ならば、竜を見つければいい。そう考えたトウタは、彼が自身の竜と出逢った場所を始めとして、様々な場所にサギリを連れ出して彼女の竜を見つけ出そうと躍起になっていたのである。

 一方のサギリの方はといえば、トウタの誘いには応じていたが、周囲の大人達が言うように自身には竜使いの能力はないのだと諦めていた。一族の長の娘として生まれながらも、『竜に愛されなかった子』だったのだ。後は、いつこの里から出て行くように宣告されるか。一族の皆が自分のことを何と言っているかはサギリも知っている。ただ、長である父がどのように考えているのか、その考えだけがわからず、かといって、自ら尋ねる勇気もなかったのだった。

「さあ、カイ! お前の仲間のところへ連れっていてくれ」

 サギリと手を繋いだトウタは元気いっぱいに上空に向かって声を掛けた。カイというのが彼の竜である。 

 竜を探すといっても、竜を発見できれば己の番いとなるわけではない。竜はしかるべき相手の元へ、しかるべき時に現れると伝えられている。トウタの場合は、彼が三歳の時に里から姿を消し、両親を始めとする一族の者が山中を必死になって探し回った結果、山の中腹の開けたところで竜が発見された。そのすぐ傍ではトウタが眠りこけており、後にカイと名付けられたその竜は彼を守るように寄り添っていたのだ。そして彼の手には『竜珠』が握り締められていた。里に連れ戻され目覚めたトウタは両親に問われてもカイと出逢った時のことを説明できなかった。ただ、カイのことを「ぼくの竜だ」と言い、カイもまた、トウタに親愛の情を示したのである。

 険しい山道を散々歩き回っても竜の気配は感じられなかった。今日もまた同じ結果なのだろうか。トウタの足取りはどんどんと重くなっていく。それでも、サギリがそろそろ帰ろうと声をかけても、彼は首を横に振ってさらに奥深い獣道へと進んでいくのだった。

「カイ、どうしたの?」

 突然、カイが甲高く鳴いた。何かを警戒するような声だ。落ちつきなく翼を羽ばたかせ、上空を激しく旋回している。この時二人は、でこぼこの根が四方八方に張り巡らされた森の中に入り込んでいた。ちょっとでも気を抜くと足を取られてしまいそうな、曲がりくねった道なき道を手を取り合って進んでいた。

「トウタ」

 そろそろ帰りましょう。カイもきっと今すぐ戻った方がいいと言っているのよ。

 サギリはそう続けようとした。しかし、言葉が出てこない。口を開き、声を出そうとするも思うように出てこない。自分の身に何かが起こっている。けれども、それが何かがわからない。ただ、ひどく心がざわめいた。

 浅い呼吸を繰り返しているサギリに、トウタも彼女の様子がおかしいことに気がついたようだ。

「従姉上?」

 足を止め、不安そうな面持ちで彼女を見上げた。けれども従姉はトウタの声も耳に届いていないらしい。カッと見開いた目でまっすぐ前を見つめている。

 サギリは繋いでいた手を解き、トウタには見向きもせずにゆらりと歩き出した。

「待って、従姉上!」

 彼が従姉の後を追いかけようと足を踏み出した瞬間、再びカイが鋭く、短く鳴いた。

「カイ……?」

 不安で歪んだ顔で、彼は頭上を見上げた。

 先ほどまでは地面に張った根に足を取られぬように避けながらおそるおそる歩いていたというのに、今のサギリはまるで滑るような動きで進んでいく。

 やがて鬱蒼とした森を抜け、視界が開けた。目の前には剥き出しになり、苔むした岩山がそそり立っている。そこにはぽっかりと空いた穴があり、どうやら洞窟になっているらしい。里から離れてこんなところまで足を踏み入れたことはない。けれども、見慣れぬ光景に不安はなく、むしろすぐにでも行かなくてはと心が急き、鼓動が速くなっていく。

 彼女は躊躇うことなく洞窟に足を踏み入れるのだった。

 洞窟の中には明かりもなく、どこまで続くのかもわからぬ闇が広がるばかりだが、不思議なことにサギリには『視えて』いた。

 一片の迷いもなく進んでいた足が不意に止まる。

 ようやく、逢えた。

 心が震える。

 目が合った瞬間にわかった。この竜こそが自身の番いなのだと。

 洞窟の奥には乳白色の竜がいた。しかも、一枚一枚の鱗には様々に変化する光が閉じ込められているようで、見る角度によって全く違う色にも見える。これまで一族の者が見出した番いの竜を何頭も見てきたが、こんな色の竜は初めてだ。

 紅玉石色の丸い瞳が慈しみを湛え、じっとこちらを見下ろしていた――

 その日の夜。サギリは自分の部屋のか細い明かりの下でゆっくりと手を広げてみた。右手の掌には乳白色の石があった。いつの間にかこの石を握り締めていた。これが『竜珠りゅうしゅ』なのだろう。まるで内側から鈍い光を放っているようにも見えるその石は、明かりにかざしてみると様々な色に変化する。

 この『竜珠』を手にして、彼女はようやく自身の半身を得たのだということを実感したのだった――

   ◇   ◇   ◇

「う……

 頭が割れるように痛い。いや、頭ばかりではない。痛覚ばかりが鋭敏になったようで、痛みが体中を駆け巡っている。

 先ほどまで、番いの竜・クオンと出逢った時の夢を見ていたらしい。そう、あれは夢だ。クオンはもういない。エルダーグラン同盟軍には偉大なる魔法使いがいたと聞く。おそらくその魔法使いが放ったのだろう。凄まじい閃光に灼かれ、クオンは命を落としてしまったのだ。

……気がついたか?」

 誰かの声がする。しかし、誰の声だろうかと考える余裕すらない。何か話しかけられたようだが、声を感じ取ることはできるが、その意味を頭の中で組み上げようとするのを全身の激痛が妨げる。

「ああ、ひでぇ怪我だからな。ちょっとこれを噛んでいろ。常用するのはヤバい代物なんだが、その怪我じゃ仕方がない」

 口をこじ開けられて、何かを突っ込まれる。とにかく思考が働かずそれが何かもわからないが、口の中いっぱいに苦みが広がって反射的に嘔吐えずく。

「辛いだろうが、吐き出すな。もう少しの辛抱だから」

 その声の言う通りで、痛みも苦みも次第に遠ざかっていく。そればかりでなく、意識も混濁していき、サギリは昏睡状態に陥ったのであった。

 再びの覚醒はやはり激痛と共に訪れた。最初に口に含まされたのは麻酔作用のある薬草か何かだったのだろう。その効果が切れて、激しい痛みに否が応でも目覚めさせられたのだ。

 体中が重く、指一本ですら動かすのが億劫だ。目だけを動かして周囲に視線を巡らせると、狭く、粗末ながらも屋根がある小屋の中で寝かせられていることがわかった。そして、壁にもたれかかってどこか見覚えのある男が眠っていた。

「しまった、寝てしまっていたか」

 男の身体が大きく揺らいだその瞬間、彼は目覚めたらしい。

「お、あんたも目が覚めていたか」

 目の下にひどい隈を貼り付けた男の顔が覗き込んできた。ああ、そうだ。剣聖エイデンの書簡を携えて訪ねてきた兵士だった。名前は――覚えていない。

 その顔が厳しいものになる。

「まだ熱は高いな」

 額に乗せられた大きな掌が冷たく感じられたが、それはサギリ自身が高熱を発しているせいであるようだ。

「こ、こ…………? ど、う……して……?」

 ひび割れた唇をどうにか動かしてみるが、出てきた声はこれが本当に自分のものなのかと驚くほど、酷く嗄れていた。

「ああ、喉が渇いているだろ。しかし、その傷じゃ体を起こすのも無理だ。ちょっと待っていろ」

 男は水筒の水を小さく丸めた布に含ませ、その布をサギリの唇にそっと触れさせた。少しずつ少しずつ、水が喉を通り潤していく。『今更だというのに』本能が、体が、水をひどく欲していた。

「とりあえず、これくらいでいいか。――それから、ここはボールラン近くの森の中だ。猟師が使っていた小屋が空いていたんで、悪いが勝手に拝借している。南征軍はグレイベア城まで撤退するとのことだったが、あんたのその怪我じゃ、グレイベアまで辿り着くのも無理だったからな」

 男は淡々と答えた。

……なぜ、私を助けたりしたのですか?」

 少しは楽に声を出せるようになったサギリがそう問い質すと、男の様子が変わった。

「あー、それはなー……

 明らかに目が泳ぎ、ポリポリと頬の辺りを掻いている。おそらくは無自覚に。

 戦場でのことはあまりよく覚えていない。とにかく襲いかかってくるエルダーグラン兵に向けて矢を放ち続けたが、それで活路が見出せるとは思ってもいなかった。自分の役目は『次の一族の長』トウタをあの戦場から逃がすための時間稼ぎ、ただそれのみ。

 だが、矢をものともしない敵兵が俊敏な動きで刃を閃かせた。避けたつもりだったが、左肩に灼けるような痛みを感じた。次いで、腹部にも。

 地に倒れ、舞い上がった砂煙を吸い込んで咳き込む。

 トウタは逃げ延びることができただろうか。

 そして。

 クオン……。白い閃光に射貫かれて、哀しい叫びを上げながら落下していった番いの竜。

目を閉じるとあの時の光景が蘇る。

 あの時は目にしたものを受け入れることは出来なかったが、自身の半身ともいえる存在の死を、サギリはようやく事実として受け止めた。自身の番いでなければ、クオンはこのような戦場に駆り出されることもなかっただろうに。

 だが、もうすぐ自分もクオンの元へいく。竜使いと番いの竜は運命を共にするもの。一族に脈々と受け継がれた言い伝えの通りになるだけなのだ。

 誰かが自分に呼びかけているような気もするが、その声も次第に遠ざかっていく。

 サギリの記憶はそこで途切れたのだった。

――俺はお節介な質なんだよ」

 男が唸るように言った。

 お節介……。確かにそうなのかもしれない。戦場で重傷を負ったサギリを助け出し、この小屋まで運び、傷の手当てまでしている。南征軍はグレイベア城まで撤退したのであれば、本来ならば彼もそちらに向かっているはずだ。どうして、こんなところに残っているのだ。お節介と言わずして何と言おう。

 相変わらず痛みは絶えることなく続いているが、思わず唇が笑みを刻む。サギリは気づかないが、男はどこか驚いたように彼女の顔を眺めていた。

「貴方にお願いがあります」

 サギリは表情を改めて、男に呼びかけた。真剣味を帯びたその声に男も思わず居住まいを正す。

「貴方のその剣で――

 彼女は先ほどまで男が凭れかかっていた壁に立てかけてある剣を目線だけで示した。

「私を殺して欲しいのです」

   ◇   ◇   ◇

 たった今、この女は何と言った――!?

 テオドルは呆気にとられ、目と口とを丸くしてただ目の前に横たわる竜使いの娘を見つめることしか出来なかった。

 最初の衝撃が去ると、次に湧き上がってきたのは怒りだ。

 何故、この女は死を望む。戦場で倒れていたところを救い出し、懸命に看病をしたからではない。

 トールを始めとする多くの仲間は戦場から還ってくることはなかった。彼らとて生きていたかったはずなのだ。己が殺した、あのエルダーグランの少年兵だって。

 彼女が、このような痛みに耐えるくらいならばいっそのこと死なせてほしい、そう懇願しているのであればまだ理解はできた。それくらいサギリの怪我は重いものだったのだ。中毒性のある薬草を、苦痛の緩和のために躊躇いなく与えたほどに。しかし、彼女の瞳はどこまでも冷静だった。

「おい、てめェ……

 テオドルの目に剣呑な光が生まれた。

 傷の痛みに喘ぐ、ほっそりとした首が目に入った。剣を使うまでもない。男の手で簡単にへし折ることができてしまいそうなほどの細さだ。

 彼は両の掌を広げて無言のまま見下ろし、次いで軽く目を瞑って長く息を吐き出した。

 もう一度開かれた瞳にはさっきまでの剣呑さはもうない。

「恩を売るつもりはないが、俺は一応あんたの命の恩人になると思うんだがな? その命の恩人に向かって『自分を殺せ』とは一体どういうことだ?」

 恩を売るつもりはない――そう言いつつも、テオドルは恩人という言葉を繰り返し、強調した。

「竜使いの一族は番いの竜がその命を終えたとき、運命を共にするものなのです。私は先日その竜を失いました。ですから、私もここで命を終えるはずだったのです」

……あんたは、何を言っているんだ?」

 サギリの言うことはまるで理解できなかった。どうしてこの女は自分の命のことをこうも淡々と、まるで他人事のように話しているのだろうか。

 彼女は息をついた。まだ起き上がることができないほどの大怪我なのだ。本来はこれだけしゃべるだけでも大変なのだろう。

「竜使いの一族は総じて長命です。竜と同じだけ生きます」

――ああ、ブルーノ大隊長がそんなことを言っていたな」

 剣聖エイデンからの書簡を託された時のことだ。彼らに纏わる噂話をいくつか聞いた。

「一族の者は番いとなる竜を使役することができます。その番いを見出した時から時の流れが竜と同化します。そして竜と同じようにゆっくりと年を取るのです」

 そこでサギリは一呼吸を置いた。テオドルは黙ったまま、彼女が話す言葉に耳を傾けている。

「竜の身に何かあってその生涯を終えたときは、竜使いもまた竜と運命を共にします。それが竜使いの定めなのです」

……でも、あんたはまだ――生きているよな?」

 顔色一つ変えずに、自分は死ぬべき定めなのだと言う女が空恐ろしく思えた。戦場でどんな強敵に遭遇しても平然としていられたテオドルが、目の前の重病人に怖じ気づいていた。

「本来は――。私が首から下げていた守り袋はありませんか?」

「ああ、あるが……

 テオドルの歯切れが悪い。彼が懐を探って取り出したのは、確かにサギリが下げていた守り袋だった。ただ、それは変色した血がべったりと付着していた。おそらくサギリが流した大量の血なのだろう。

「その中に『竜珠』が入っています。竜使いであることの証です。自身の番いの竜がその命を終えたとき、その『竜珠』を一族の長に返還し、長は『竜使いの大剣』でその者の首を刎ね、命を還すのです」

 テオドルは絶句した。彼女がたった今口にした『竜使いの大剣』とは、恐らく彼も見たことのある、あのやたらと大きな剣のことだろう。そして、彼女は竜使いの一族の長だ。彼女が――

「あんた、は……

「先代の長は私の父ですが、父も戦争で竜を失いました。父は私を後継者に指名し、私が一族の長として最初にしたことは――父の命を還すことでした」

……どうして、あんた達竜使いまで死ななくてはならない?」

「それが一族の定めだからです」

 サギリは何故そんなことを問うのかという態度で返した。

「だからって、どうしてそれに疑問も持たずに従うんだ!?

「竜を意のままに操るなど人の身に過ぎた力です。竜と同じだけの寿命も。そういったものには相応の代償が求められるのだと、私はそう聞かされてきました」

 テオドルは短く刈り上げた髪を掻きむしった。

「俺はあんた達竜使いの一族とは関係ねぇ。定めだかなんだか知らんが、勝手にやってくれ。あんたの『命を還す』手伝いなんざ御免だ」

 彼は足音も荒々しく、狩猟小屋を出て行った。

……それも、そうですね」

 残されたサギリはぽつりと呟く。

 『竜使いの大剣』はサギリが『次代の長』として指名したトウタに託し、今はここにない。彼は無事に里まで辿り着けるだろうか。トウタとは、必ず追いかけて里に戻ると約束したが、それを叶えるだけの体力はもう、ない。剣を持つ力さえ失われているのだ。だからといってあの男に懇願したのは……彼に頼り過ぎてしまったようだ。あの男は彼の言うように、一族とは何の関係もないというのに。

……っく、う、ぅ……

 サギリはゆっくりと起き上がろうとしたが、それだけのことでも呻き声が漏れ、怪我を負った肩と腹部に引き攣れるような痛みが走る。

 苦痛を堪えながら這い出て、床に転がっていた守り袋に手を伸ばす。震える手で小さな袋の口を開こうとするが、上手く力が入らず取り落としてしまった。

――!」

 床に落としてしまった守り袋から、中身が転がり出る。それを目にしてサギリは言葉を失った。クオンの鱗の色と同じ、角度によって虹色に輝いていたはずの『竜珠』。それが今は輝きを失い、ただの石ころに変化していた。

「あ、ああっ……あああああ――!!

 喉から絞り出すように声を上げて、サギリは泣いた。

 大きな音がして扉が開き、テオドルが駆け込んでくる。

 小屋を出て行きはしたが、怪我人が心配で離れることは出来なかったのだろう。

 そんな彼は、床に蹲って声の限りに泣きじゃくる彼女に対して何もしてやることが出来ず、ただ凍り付いたようにその場に立ち尽くしているばかりであった。

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